1. はじめに

学会抄録を作成するとき、限られた文字数で研究の全体像を的確に伝える必要があり、多くの医療従事者（医師・看護師・薬剤師）の悩みの種です。

「どこから書き始めればいいのか」

「何を削って何を残すべきか」

「どんな構成が効果的か」など、悩みは尽きません。

一方で、最近話題のAIを使えば文章の下書きを素早く作れますが、そのままでは個性がなく平凡な印象の文章になりがちです。そこで登場するのが、OpenAI社が提供する大規模言語モデル「Codex」の活用です。Codexに自分の過去の学会抄録ファイルから文体（書き方のクセ）を学習させ、新しい抄録の草案を自動生成させることで、過去の抄録と似た口調・構成の文章を作ることができます。これにより、抄録作成のハードルを下げつつ、学会に好まれる文体で書かれた質の高いドラフトを得ることができます。

この記事では、AI初心者の医療従事者でも理解できるように、やさしい日本語でCodexの活用手順を解説します。仮想の症例（例：「高齢者の心房細動」に関する研究）を用いて、過去の抄録の文体を模倣した新しい学会抄録の下書きを自動生成する具体的な方法を紹介します。

2. 活用の中核（Few-Shotプロンプトの手順）

過去の抄録ファイルを利用して文体を学習させるには、「Few-Shotプロンプト」というテクニックを使います。Few-Shotプロンプトとは、AIにいくつかの例文（サンプル）を提示することで、こちらが意図する書き方やパターンをAIに汲み取らせる方法です。具体的には、まず自分や先輩方が書いた過去の学会抄録から代表的な文章をいくつか用意し、それらをプロンプト（AIへの入力文）に含めます。その上で、新しい研究の情報を入力し、「これらの例と同じ文体で書いてください」と指示します。こうすることで、AIは例文のパターンを真似て、安定した文体・構成の文章を生成しやすくなります。ポイントは、ただ「過去の文章を真似して」と頼むだけではAIが何をどう真似すれば良いか迷ってしまうことです。そこで、具体的な例文を見せてあげることが重要なのです。

それでは、Codexを使った文体学習と抄録自動生成の具体的な手順をステップごとに説明します。

ステップ1：過去の学会抄録ファイルを収集する

まずはお手本となる過去の抄録文などを集めましょう。自分や所属施設のメンバーが過去に学会で発表した抄録、あるいは公開されている抄録集から、文体のお手本になりそうな文章を選びます。できれば2～3件程度、テーマは異なっていても構いませんが、書式や語調が共通する抄録を用意するとよいでしょう。同僚の許可が得られるなら、その方の優れた抄録を例文にするのも効果的です。過去の文章は多いほどAIが文体の特徴を深く理解できますが、あまり長すぎると入力しづらいので抄録本文の要点部分（背景～結論）だけでも十分です。

ステップ2：Few-Shotプロンプトを作成する

次に、集めた例文を使ってプロンプト（AIへの指示文）を組み立てます。コツは、例文と新しい指示を明確に区切ることです。例えば以下のような構成でプロンプトを書きます。

最初に「これからAIに何をさせたいか」の指示文を書きます（例：「次に示す例と同じ文体で、新しい学会抄録を書いてください。」など）。
続けて例となる抄録文を並べます。例文ごとに「例1: …」「例2: …」のように区別し、改行などで区切ります。実際の抄録本文そのままでもよいですが、文字数が多い場合は抄録の冒頭や結論部分だけ抜粋しても構いません。その他、パソコン上でVSCodeやCursor等の開発環境（IDE）でCodexを開いている場合には、/home/medirva/抄録1.txtのようなパスを指定しても良いかと思います。
例文の後に、新しい研究の情報を書きます。背景・目的・方法・結果・結論といった要素や、研究で得られた生データの要約などを箇条書きで提示すると親切です。
最後に「上記の情報に基づいて、例と同じ文体で学会抄録を作成してください。」とお願いする一文を加えます。文字数制限や口調（です・ます調 or である調）など、学会の指定があればそれも指示に含めます。

こうしたプロンプトをテキストエディタなどで用意し、それをそのままCodexに入力します。Codexへの入力方法はChatGPTと似ており、用意したテキストをペーストして実行するだけです（OpenAIのプレイグラウンドやチャット画面でCodexモデルを選択して入力します）。以下に、仮想症例「高齢者の心房細動」に関する研究を題材にしたプロンプト例を示します。

プロンプト例：（※実際にCodexへ入力する文章）

以下の例1と例2は過去の学会抄録の抜粋です。文体や構成の参考にしてください。（今回は仮想の抄録例をChatGPTで作成しています。）

例1:
【背景】高齢の心房細動患者では、血栓予防のための抗凝固療法の継続が課題である。
【目的】本研究は、看護師による服薬指導介入が抗凝固療法の継続率に与える影響を検討した。
【方法】心房細動患者100名を対象に、介入群（服薬指導実施）と対照群（通常ケア）で6か月間の継続率を比較した。
【結果】介入群では対照群に比べ抗凝固薬の6か月継続率が有意に高かった（80% vs 60%, p<0.05）。【結論】看護師の服薬指導により高齢心房細動患者の治療継続率が向上する可能性が示唆された。

例2:
【背景】心房細動患者における運動療法の安全性と有効性は十分に検証されていない。
【目的】本研究では、高齢心房細動患者に対する軽度な有酸素運動プログラムの影響を評価した。
【方法】75歳以上の心房細動患者50名を対象に、12週間の軽度運動群と非介入群で心肺持久力とQOLを比較した。
【結果】運動群では非介入群と比べ最大酸素摂取量が有意に増加し（10.5→12.0 mL/kg/min, p<0.01）、QOLスコアも改善した。
【結論】高齢心房細動患者に対する適度な運動療法は心肺機能および生活の質を向上させる可能性がある。

新しい研究の情報:
- 目的 : 新規抗不整脈薬Xの有効性を評価する  
- 方法 : 70歳以上の心房細動患者80名を対象に、X投与群とプラセボ群で12ヶ月間追跡調査  
- 結果 : X群で心房細動の再発率が低下（X群 20% vs プラセボ群 35%）  
- 副作用 : 重大な副作用は両群で認められなかった  

上記の情報に基づき、例1・例2と同じ文体と構成で、背景・目的・方法・結果・結論を含む学会抄録を書いてください。文字数は800字以内で、文末はである調で統一してください。

ステップ3：Codexに生成させる

準備したプロンプトをCodexに入力し、実行すると、数秒でAIが新しい学会抄録のドラフトを書いてくれます。出力例を見てみましょう。下記は上記プロンプトに対するCodexの出力例です。

出力例：（Codexが生成した抄録案）

【背景】高齢者の心房細動患者では再発予防が重要な課題である。新規抗不整脈薬Xの有効性は十分に検証されていない。
【目的】本研究は、抗不整脈薬Xが心房細動再発の抑制に有効かどうかを検討した。
【方法】70歳以上の心房細動患者80名をX投与群とプラセボ群に分け、12ヶ月間の経過を前向きに追跡した。【結果】X投与群ではプラセボ群に比べ心房細動の再発率が低下した（20% vs 35%）。重篤な副作用は両群とも認められなかった。
【結論】抗不整脈薬Xは高齢心房細動患者の再発予防に有効であり、安全性も良好である可能性が示唆された。

ご覧のように、背景から結論まで一連の構成で、過去の例と似た文調の文章が生成されています。Codexは提示した例1・例2の書きぶり（「である調」で簡潔にまとめるスタイルや、専門用語の使い方など）を学習し、新しい内容に当てはめて文章化しています。Few-Shotプロンプトによって、AIは例示されたパターンに沿った出力を行いやすくなり、毎回ばらばらの文体になるのを防いでくれます。

ステップ4：出力を確認し、必要に応じて修正する

生成されたドラフトはあくまで下書きですので、内容や形式を人間が確認することが大切です。まず、事実関係をチェックしましょう。研究の数値や結果の記載が正確か、過剰な表現になっていないかを原データと照合します。また、学会ごとにフォーマットの規定（文字数制限、構造化抄録の形式など）がある場合は、その規定通りになっているか確認します。例えば「800字以内」と指示してもAIがオーバーしてしまうことがあります。その際はプロンプトを修正し、「○○字以内に簡潔に書き直してください」などと追加指示して再度生成させます。以下に、上の出力例に対して「文字数を短く調整してもらう」修正を行った場合の修正後の出力例を示します。

修正後の出力例：（文字数制限に合わせリライトした例）

【背景】高齢者の心房細動では再発予防が課題である。
【目的】抗不整脈薬Xの有効性を検討した。
【方法】70歳以上の心房細動患者80名をX投与群とプラセボ群に分け12ヶ月間追跡した。
【結果】X群ではプラセボ群より再発率が低下した（20% vs 35%）。
【結論】抗不整脈薬Xは高齢心房細動患者の再発予防に有効である可能性が示唆された。

このように不要な部分を省略したり言い回しを簡潔にしたりすることで、文字数制限を満たすことができます。場合によっては、副作用など重要度の低い情報をカットし、必要なら発表時に口頭で補足するといった判断も必要です。さらに、文章のトーンも確認しましょう。今回の例では「である調」に統一しましたが、学会や用途によっては「です・ます調」が求められることもあります。その場合もプロンプト内で明示すればAIに反映させることが可能です。

最後に、出力を自分の言葉で微調整することも忘れないでください。AIが作った文章をそのまま使うと没個性的になりがちです。生成結果はあくまで叩き台として、違和感のある表現や強調したいポイントがあれば、人間が手を加えて仕上げます。この人間とAIのコラボレーションによって、文体は整いつつも自分らしさや研究の熱意が伝わる抄録に仕上げることができます。

注意点

AIを使った文章生成には便利さと速さがありますが、医療情報を扱う上で注意すべきポイントもあります。以下に3つの注意点をまとめます。

AIはあくまで補助: AI（Codex）が生成した文章は下書きとして捉えましょう。最終的な判断や内容の責任を負うのは人間（あなた自身）です。AIに任せきりにせず、必ず専門知識を持つ自分や同僚が内容を確認・修正してください。「便利だから」と盲信せず、人間の目で最終チェックを行うことが重要です。
過去データの偏りに注意: Codexは提示された例文や学習データから文章を作ります。そのため、もし過去の抄録に偏った表現や古い知見が含まれていれば、AIの出力もそれに影響される可能性があります。例えば、例文が特定の患者層に偏っていれば、生成文も無意識に偏見を含む表現になるかもしれません。常に内容を吟味し、必要なら「最新のガイドラインでは○○に留意してください」といった追加指示を与えて修正させましょう。
患者情報の匿名化とポリシー遵守: 絶対に生の患者様の個人情報（氏名・住所・入院番号など）はプロンプトに入力しないでください。年齢や性別、病歴の組み合わせでも個人が特定されるリスクがあります。たとえ氏名を伏せても、詳細な病歴や検査値をそのまま入れるのは避けましょう。また、病院や施設の情報ガバナンス方針に従い、AIの使用ルールを守ってください。必要に応じて匿名加工を徹底し、可能であれば医療機関向けの安全な環境でAIを利用することも検討しましょう。

以上の点を押さえれば、AIを安全かつ効果的に活用することができます。

最後に

Codexを使った学会抄録の文体再現は、最初は難しそうに感じるかもしれませんが、実は手順通りに進めればAI初心者でも十分に実践可能です。AIと協働することで抄録作成にかかる時間を大幅に短縮できる一方、最も重要なのはあなたの研究の「ストーリー」と「想い」です。AIを優秀なアシスタントとして活用しつつ、研究の本質的な価値を限られた文字数で最大限に表現することで、読み手の心に響く抄録が生まれます。

まずは試しに、過去の抄録1本を例文に使ってCodexに新しい抄録を書かせてみませんか？ 小さな一歩ですが、自分の代わりにAIが文章を紡ぎ出す様子を体験すれば、その便利さと可能性を実感できるでしょう。今日からできる簡単な取り組みです。ぜひ「まずは1本」、身近な例でCodexによる抄録生成を試してみてください。きっと抄録作成の新しい効率化の扉が開かれるはずです。