1. はじめに

医療現場では日々たくさんのデータが蓄積されています。電子カルテや検査結果、患者さんの背景情報など、業務を改善するヒントが隠れていそうですが、「データ分析は専門外だから難しい」と感じていませんか。

忙しい合間にExcelで手探り分析を試みても、手間ばかりかかって十分に活用できないこともあるでしょう。Pythonの力を借りて効率化したいと思っても、どこから手を付ければ良いか迷ってしまう方も多いです。

そこで今回は、YData ProfilingというPythonライブラリを使ったデータ探索の方法をご紹介します。このツールを使えば、プログラミングの専門知識がなくてもデータを自動で総合解析したレポートを得ることができます。

たった数行のコードでデータの統計情報や値の分布、欠損値の状況まで詳しくまとめてくれるため、従来は大変だった探索的データ分析（EDA：データの傾向把握）が一瞬で完了します。データの理解と準備に必要な作業を効率化できるこの手法は、多忙な医療従事者にとって心強い助っ人になるでしょう。

本記事では、有名なTitanic（タイタニック）データセットを例に、YData Profilingの使い方をハンズオン形式で解説します。Titanicデータセットは機械学習の入門教材としてよく知られており、客船タイタニック号の乗客データから生存者を予測する競争課題がKaggleで開催されてきました。これは乗客の生死（0=死亡, 1=生存）が記録されたデータで、乗客の年齢・性別・階級など様々な特徴量が含まれています。

医療分野のデータではありませんが、「生存予測」は患者さんの治療転帰予測や再入院予測にも通じるところがあります。

実際、タイタニック号沈没では運もさることながら一部の乗客グループが他より生存率が高かったことが知られており、データ分析によってそのパターンを読み解くことができます。今回はこのTitanicデータを題材に、AIを活用したデータ探索の手順を具体的に体験してみましょう。自身の職場データに置き換えて活用するヒントも交えていますので、「まず何をすればいいのか分からない」という方はぜひ参考にしてみてください。

2. YData ProfilingでTitanicデータを探ってみよう

まずは準備として、Google Colabを開いてPythonの実行環境を用意しましょう。Google Colab（グーグルコラボ）はブラウザ上でPythonコードを実行できる無料サービスです。インストール不要で始められるので、URLにアクセスして新しいノートブックを作成すれば準備完了です。

「+ノートブックを新規作成」をクリックすると、ブラウザ上でコードを実行できるColab Notebookが起動します。

それでは、Titanicデータセットを読み込んでみます。今回はKaggleから入手できるTitanicのデータ（Titanic-Dataset.csv）ファイルを用意しました。このCSVにはタイタニック号乗客891名分の情報が含まれています。内容としては、各乗客について生存有無(Survived：0か1)、客室等級(Pclass：1等〜3等)、氏名(Name)、性別(Sex)、年齢(Age)、兄弟・配偶者数(SibSp)、親子数(Parch)、チケット番号(Ticket)、運賃(Fare)、客室番号(Cabin)、乗船港(Embarked)などの項目があります。機械学習の目標はSurvived（生存フラグ）を他の項目から予測することですが、その前段階としてまずデータの中身を把握しましょう。

Colab上でPythonコードを実行し、まずYData Profilingライブラリをインストールします。コードセルに次のコマンドを入力して実行してください（!pipから始まる行は、Pythonではなくシステムコマンドとしてライブラリをインストールする指定です）:

!pip install ydata-profiling

続いてPythonスクリプト内で必要なモジュールをインポートし、TitanicのCSVデータを読み込みます。

pandasを使ってCSVを読み込み、データフレーム（表形式のデータ）として取り扱います。コードは以下のとおりです。

import pandas as pd
from ydata_profiling import ProfileReport

# Titanicデータの読み込み（事前にtrain.csvをアップロードしておく）
df = pd.read_csv("Titanic-Dataset.csv")

# プロファイルレポートの作成
profile = ProfileReport(df, title="Titanicデータの分析レポート")

上記では、ydata_profilingライブラリからProfileReportクラスを呼び出し、df（Titanicのデータフレーム）を渡してプロファイルレポートを作成しています。たったこれだけのコードで、データプロフィールの生成が完了です。実際、YData Profilingは「1行のコード」で詳細な統計レポートを自動生成できるよう設計されています。

次に、このレポートを表示してみましょう。JupyterやColab上では、生成したprofileオブジェクトを直接出力することで結果をノートブック内に埋め込めます。例えば以下のように実行してください。

profile.to_notebook_iframe()

実行すると、数秒〜十数秒程度で処理が完了し、コードセルの下にインタラクティブな分析レポートが表示されるはずです。ブラウザ上でレポートをスクロールしたり、項目をクリックして詳細を確認したりできる便利なHTML形式のレポートです。それでは、このレポートにどのような内容が含まれているか、順を追って見ていきましょう。

● データセット全体の概要

レポートの冒頭には「Overview」としてデータセット全体のサマリーが示されています。今回のTitanicデータでは、変数（項目）12種類、観測数（行数）891件であることがまず表示されました。次に欠損値（空欄データ）が866か所あり、全セルの8.1%に相当すること、重複行は0件であることも一目で分かります。さらにデータ型の内訳（数値型が何項目、カテゴリ型が何項目か）や、メモリ使用量（全体で約83.7KB、レコードあたり約96バイト）といった情報も自動計算されています。これらの統計は、データの規模感や品質（欠損の多さ、重複の有無）を把握するのに役立ちます。実際にTitanicデータでは、全891件のうち866箇所に欠損があると分かり、「どの項目に抜け漏れが多いのだろう？」という疑問が湧いてきます。

● 欠損データの状況

レポートでは欠損値についても詳細に示されます。「Missing Values」のセクションでは欠損箇所をヒートマップや一覧で確認でき、どの列（項目）に欠損が多いかが直感的に分かります。Titanicデータの場合、欠損が多い項目は主に2つありました。1つは乗客の年齢（Age）で、177件（全体の19.9%）が欠損しています。もう1つは客室番号（Cabin）で、687件もの欠損があり実に77.1%が空欄でした。このようにどの項目にどれだけデータ欠損があるかを自動的に教えてくれるので、後のデータクレンジング（欠損への対処）の計画が立てやすくなります。例えばTitanicでは「年齢は欠測が多いので中央値補完を検討しよう」「客室番号はほとんど欠けているのでモデルには使わないでおこう」といった判断が付けられるでしょう。

Titanicデータに対するYData Profilingのレポート出力例。左側に「Overview」「Variables」などのタブがあり、データ概要や変数ごとの詳細、相関関係、欠損の場所、データサンプルなどを順番に確認できる。また上部には自動検出された*警告（Warnings）*がリストアップされており、今回は「Cabinに欠損が非常に多い」「チケット番号が一意（high cardinality）である」等のポイントが指摘された。このように、データの異常や特筆すべき点を教えてくれる機能もある。画像はレポートの一部を抜粋したもの.

● 項目（変数）ごとの詳細：分布や統計量

「Variables」タブでは各項目ごとの統計情報と分布の可視化が得られます。項目名をクリックすると折りたたまれている詳細が展開され、ヒストグラム（度数分布図）や基本統計量が表示されます。ここではTitanicデータの主要な項目についてレポート内容を見てみましょう。

生存フラグ (Survived): 0か1のカテゴリ変数です。レポートによると、生存者は342人、非生存者は549人であることが示されています。全体の約38%が生存した計算で、死亡者数は生存者数の約2倍という比率です。タイタニック号の事故では生存率はかなり低かったことがデータからも分かります。このようなクラス不均衡（アウトカムの偏り）は医療データでもよくある問題で、例えば「陽性患者が全体の数％しかいない」ような場合に相当します。YData Profilingのレポートでは棒グラフで0と1の件数が視覚化されるため、ひと目でアウトカムの偏り具合を把握できるのは大きな利点です。

性別 (Sex): 男性577人、女性314人という内訳であることがレポートに示されています（乗客の約65%が男性）。この男女比も棒グラフで確認でき、男性乗客が多かったことが分かります。

乗客クラス (Pclass): 1等船室、2等、3等の3種類のカテゴリーです。Titanicデータでは3等客が491人と最多、1等客216人、2等客184人という分布でした。レポートではこのようにカテゴリ変数の各カテゴリごとの件数や割合が表示されます。グラフから、乗客のおよそ半数以上が3等だったことが直感的に読み取れます。さらに、相関関係の観点では「Pclassと生存は関係がありそうだ」という仮説も立てられます。実際、1等船室の生存率は高く3等は低いことが知られており、データでも1等客の生存率は約63%、3等客では約24%程度でした。その背景には運賃 (Fare)の違い＝社会的地位の違いも絡んでいます。レポートのCorrelationsタブでは、例えばPclassとFareの間に強い相関があることが数値やヒートマップで示されます（等級が高いほど平均運賃も高額になるため）。“相関”とはある変数同士がどれくらい関連して動くかを表す指標ですが、Titanicデータでは運賃と客室等級、生存と性別などいくつかの組み合わせで強い関連が確認できます。結果として、重要な特徴量の候補や多重共線性（似た情報を持つ重複変数）の存在に気づくことができます。医療データでも「ある検査項目同士が非常に似た動きをする（例：ASTとALTが相関する）」といったケースがありますが、プロフィールレポートを見ればそうした関係性にも早い段階で目を配ることができるでしょう。

年齢 (Age): 数値変数の例として年齢も見てみます。Titanic乗客の年齢分布は平均29.7歳、最小0.42歳（乳児）、最大80歳とレポートに記載されていました。ヒストグラムを見ると20〜40歳あたりに山があり、子どもや高齢者は少なめです。また前述のとおり年齢は20%近く欠損がありますので、レポート上では年齢の統計量に「欠損:177件」と明示され、棒グラフでも欠損の存在が視覚的に示されています（例えば欠損が別の色で表示されるなど）。

このように数値データでは代表値（平均・中央値）、分布の形状、欠損の有無、外れ値などがひと目でわかります。Titanicの運賃Fareも数値データですが、こちらは最大値が512と飛び抜けて高額な乗客がいたため、レポートのヒストグラムでは右端に長い裾（スキュー）が出る形になっています。医療データでも稀な高値・低値の検査結果など外れ値の検出は重要ですが、レポートを見れば一目瞭然です。

以上のように、プロフィールレポートを読み進めることでデータの全貌を短時間で把握できます。最後のSampleタブではデータのサンプル行（Titanicでは先頭と末尾、それに重複行があればその例）が表形式で載っており、「実際どんなデータか」をざっと確認することもできます。

統計量から異常値まで網羅的な情報がコンパクトにまとめられています。これだけの分析結果を、自分で一からコードを書いてEDAしようとすると相当な手間がかかります。しかしYData Profilingなら数行のコード実行で対話的なHTMLレポートが自動生成されるため、飛躍的に時間を節約できるのです。実際、このライブラリは手軽さと有用性から探索的データ分析の現場で広く活用されており 、医療AI開発においてもデータ理解の第一歩を支える強力なツールとなっています。

なお、注意点としてデータ量が極めて大きい場合はレポート生成に時間がかかったり、メモリ消費が増えたりします。数十万行を超えるようなビッグデータを扱う際には、設定で分析項目を減らす「最小モード」にするなど工夫が必要です（YData Profilingでは関連性の計算をスキップする設定などが用意されています）。しかし通常の業務データ分析であれば、大半はこのツールで問題なく処理できるでしょう。

3. おわりに

今回はTitanicデータセットを題材に、YData Profilingによるデータ探索の手順を解説しました。「データ分析は難しい…」と感じていた方でも、実際に触れてみると、データの概要把握自体はAIツールに“おまかせ”できることがお分かりいただけたのではないでしょうか。医療の現場にも応用できるこのアプローチは、忙しい中でもデータ活用の第一歩を踏み出す助けになります。

たとえば病院内の患者データでも、今回のTitanicと同じようにプロフィールレポートを作成してみることができます。入院患者のデータがあれば、年齢層や男女比、基礎疾患の内訳、ラボ値の分布、そして退院後の再入院率や転帰の傾向などを一度に可視化して概要をつかむことができます。データを俯瞰することで「どの項目に欠損が多いか」「患者層の偏りはないか」「注目すべき相関関係はあるか」といったポイントが見えてきます。これはその後にAIモデルを構築する際の方針決めにも大いに役立ちます。実際、モデル開発においてはデータを理解し適切に前処理することが最も重要なステップの1つですが、YData Profilingを使えばそこにかかる労力を大幅に削減できます。人間の専門知識は結果の解釈や方針策定に集中させ、機械に任せられる作業は自動化するという理想的なワークフローにつながるでしょう。

「百聞は一見に如かず」です。ぜひ一度、Google Colab上でTitanicデータのプロファイリングを実行してみてください。わずかなコードで得られるレポートを眺めるうちに、データから読み取れる物語にきっと興味が湧いてくるはずです。最初は小さな一歩でも、自分の手でAIツールを動かしてみることで得られる安心感は大きな前進です。それは、例えば初めて聴診器を手に取ったときのように、「これなら自分にも扱える」という自信につながるでしょう。

医療AIの活用は何も特別なことではなく、日々の業務データを少しずつ見直すことから始められます。今回ご紹介した方法を皮切りに、「このデータでも試してみよう」「次は予測モデルを作ってみよう」と興味の幅が広がれば幸いです。データ分析のハードルを下げてくれる頼もしい相棒（AIツール）を活用し、ぜひ身近な業務改善に生かしてみてください。